杉崎正則展 −トランスフォームする身体−
2006年1月30日(月)〜2月11日(土)
DM

杉崎 正則(すぎさき まさのり)

 両性具有の身体、叩かれて歪んだ子供の顔。それらは強い違和感を伴って私たちの目に迫ってくる。原型はそれぞれ正常な姿態であるにもかかわらず、このように加工され再構成されることで、私たちはそこに不安感に似た戸惑いを覚える。

 私たちの目は先入観に彩られており、常に一定のコードに沿ってものを見るように仕向けられている。そうすることで物事を特定し、他者と理解を共有することができるようになるのだ。これは幼少時から培われてきた学習の成果であり、視覚の文化と呼ぶこともできよう。

 たとえば人の姿かたちは1人1人異なる。それにもかかわらず私たちは、頭がひとつ手が2本といったように、人体に共通する要素を探し出し寄せ集めて、人に対するひとつの標準型をつくりあげている。そのことで「人」の形態に対する共通の認識が形成され、それに該当する人々に対しては人間としての共感も湧いてくる。こうしたあたりまえの社会通念に疑義を差し挟むかのように、杉?の作品は私たちの視線に不安定な揺らぎをもたらすのである。

 杉崎はかつてドローイングで夢を記録し、そこから作品の着想を得ていたことがあった。そこで杉?が意を尽くしたのは、夢を再現することではなく、夢と現実の間の溝をいかに埋めるかということであった。夢に現れた奇想天外なできごとやその顛末を、造形によって現実の文脈へと置き換えていくことが杉?自身の欲求でもあった。

 フロイトによれば、夢は超自我(衝動を抑えようとする規範意識)を弱める働きを持つと言う。つまり、目覚めているとき無意識に拠り従っている秩序感覚から、夢は私たちを解き放ってくれるのだ。ひとつひとつの場面は現実のできごとに根ざしているのだが、こうあるべき、こうしてはいけないといった観念が薄まっているために、そこでは本来の衝動に基づいた非現実的な物語が展開していくのである。

 視覚は、秩序を維持するためのこうした超自我の創出に大きく貢献した。ものごとの領域を確定し、そこに属するものとそうでないものを区別するため重要な役割を果たした。さらにその中間には、序列や階級といったグラデーションを配し、外見の微妙な差異を見分けながら厳密に分類を進めていったのだ。こうして作り上げられた価値の大系は、やはり私たちの目を通して意識の奥深く内面化されてゆく。

 杉崎の作品は、完結した人のイメージをその原型としている。しかしそれらは見る者の期待を裏切るかのように変形され、イメージの亀裂が付け加えられる。杉?にとってそれは、より高次の視点を獲得するための造形による挑戦なのだろう。一方でそれらと向き合う私たちの目は、予期せぬ揺らぎに襲われながらも、そこに覆い被さった観念のベールを少しずつ振りほどいているのかもしれない。
コーディネート:松永 康


【略歴】
1962  埼玉県に生まれる
1988 東京芸術大学彫刻科大学院修士課程修了

■個展
1992 マキ画廊・仙台
1993 ギャラリーホワイトアート・東京
1994 ギャラリー21+葉ANNEX・東京
1995 日本橋高島屋コンテンポラリーアートスペース・東京
1996 日本橋高島屋コンテンポラリーアートスペース・東京
1998 ギャラリーIKEDAYA・埼玉
2000 ギャラリー五番街・仙台
2001 陶磁器一輪・東京
2002 ギャラリー五番街・仙台
2005 ギャラリー五番街・仙台

■グループ展
1985 具象彫刻四人展・埼玉県立近代美術館 (1986 ・ 1987)
1991 東京都足立区野外彫刻展 (1993)
1993 大分・アジア彫刻展
     ビエンナーレ枕崎風の芸術展
1995 自慢・満足展・ギャラリー21+葉ANNEX・東京
     公開制作・宮城県美術館
1997 宮城県芸術選奨受賞者作品展・宮城県民会館
     みやぎ秀作美術展・リアスアーク美術館 他4ヵ所
2000 コンテンポラリーアートフェスティバル・埼玉
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